[寄稿]2020年代の高校野球の文化・教育について

  • 2020年8月15日
  • 2020年8月14日
  • Baseball

ゴジキさん(@godziki_55)による寄稿記事となります。

「部活」を通して選手達にどう教育していくべきか

以前から高校野球は部活動の一環として行なってきたが、近年はその教育方針も疑問点として挙げられている。
具体例を挙げるとするならば、「坊主の強制化」が一番ネックではないだろうか。なぜなら、ここまで坊主を強制化する風潮がある学生スポーツは高校野球だけである。特に、「坊主が嫌だから」という理由で野球自体を辞めてしまう学生の数は少なくはないだろう。

坊主の強制化以外にも、どの人でも意見が発信できるようになった今では様々な問題点が可視化され始めたが、以前から取り上げるべき一つの問題だったのは間違いない。パワハラなどが問題になる現代では、「強制化」の線引きも難しい状況になっている。厳しい制度だからと言って一人の人間として成長できるわけでもなく、許容範囲に収まらないハラスメントに近い指導によって、人生そのものを狂わしてしまう恐れもある。昔ながらの体育会系特有の上下関係やノリは、以前より淘汰されていく部分があるが、時代の変化に適応できない学校から徐々に廃れていくのは間違いない。

また、規則や昔ながらの慣習・文化の押し付けもだが、「活動内容」や「体制」も問題になりつつある。昔までは、「休みがない」のが当たり前だった部活動だが、以前から条例で週1日は休養日を設けなければいけないという事実がありながら、ほとんどの高校は破っているに違いない。野球部となると、テスト期間や年末年始ぐらいしか休みがない学校もあるのではないだろうか。
野球ではなく別のカテゴリーだが、例えば近年の社会人では「働き方改革」によって「残業」や「休まない」ことが「美徳」であった文化や慣習はSNS上での告発やメディアの報道によって変わりつつあり、現状は非常にシビアである。学生の教育に通じる部活動でも、それと類似した現象で、無理のある活動内容もこれからは可視化されていくだろう。

それに紐付けて考えていくと休日の問題だけでなく、指導者や上下関係から生じる体罰や必要以上の叱責も問題点がある。全国屈指の強豪であったPL学園だが、昭和から1990年代は厳しい上下関係の中、素晴らしい功績を残していたが、暴力事件以降は時代の変化に上手く適応できずに有望な選手が入学し辛い状況から一気に廃れていった。
2010年代からは、体罰や必要以上の叱責に対する可視化がされることがさらに増えていき、高野連に通報された場合は、強豪校でも容赦なく処分にされる時代になった。今では体罰や必要以上の叱責はないことはもちろんのこと、上下関係が厳しくない学校が増えている。その中でも、必要最低限のメリハリはもちろんのこと、選手や先輩としてのリスペクトを持って親しみやすさがあり、信頼関係が厚い高校が時代の流れと実力が同時進行で成長している。

例えば、近年全国トップクラスの大阪桐蔭だが、中田翔や森友哉と言ったヤンチャな選手を輩出しているだけに見えるが、要所ではメリハリがあり、先輩に対する敬意を持ちつつ、普段の親しみやすい雰囲気から実力通りの結果を残している。この風土は以前なら、暗黙の上下関係から後輩が先輩の態度を気にしてしまい、プレーが萎縮する傾向が強かっただろう。
現在の高校野球では無駄に厳しい上下関係や規律がある高校は淘汰されつつある。元号が令和になり、2020年代に入ったこれから先はさらに「理不尽に厳しい」指導法は淘汰されていくだろう。情報過多の現代では、いつでも各高校の評判や練習状況、学校の風土などの情報が容易に入手できる世の中になっている。

このような体育会系の意味合いの変化を踏まえると「野球が強い学校」だけではなく、選手が指導者にある程度怒られる環境でも許容ができる「プレーしやすい環境」が求められていき、そういった環境が選手から選ばれる学校になっていくのではないだろうか。

そして今後は、SNSを通して監督も含めて学べる環境の提供もこれから先は必要になっていくだろう。選手がSNSの使用を禁じられているチームでも、監督や指導者がSNS上やネットに載っている有益な情報やフォーム等の動画をミーティングで伝えれば良いのではないかと思っている。おそらくSNSを禁止するのは、選手たちの不適切な投稿などによる不祥事への対策であるが、選手達のモチベーションはもちろんのこと、チーム力を上げるためには長時間に渡る独自の精神論を話し続ける昔ならではの方法論よりも効率的なのは明らかだ。
SNS配信等のツールを駆使したコンテンツが大きくなったことにより、多くの情報が出てきているからこそ、正しいものを見極める力が必要である。情報の取捨選択を通じて自ら考える力も身につき、監督、指導者、選手各個人の底上げにも繋がるだろう。

野球に限らず、スポーツをする上で選手は厳しいことや辛いことは付き物かもしれないが、限度を超える範囲で厳しすぎると、一人の選手の人生そのものが滅茶苦茶になってしまう恐れもある。野球ファンの一人としてプレーをする選手達が、理不尽な理由で辞めてしまうのは非常に勿体なく、すぐにSOSが発信できる環境づくりを指導者が提供していってほしいものだ。
今後は、選手達にはメリハリをつけながら野球そのものを楽しみつつ、自分の実力の限界以上まで上達していって欲しいと願っている。

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